東京ディズニーランドは40年前に開園しました。 実はこの40年間、ある数字だけは一度も変わっていません。 それが「駐車台数8,000台」です。 周辺にホテルが増え、ディズニーシーが誕生し、リゾート全体は大きく拡張されました。 それでも、駐車台数だけは40年間ずっと8,000台のままです。
満車になっても、駐車場は臨時駐車場で対応してディズニーランド自体の駐車場は増やしていません。
ではなぜ、満車になるほど人気なのに駐車場を増やさないのか。 それは、駐車場を増やすと周辺道路の渋滞が悪化し、 近隣の住宅街に大きな負担がかかるからです。
では、この「8,000台」という数字はどうやって決まったのか。 実は、40年前の開業準備にその答えがあります。
ディズニー開業前の40年前までタイムスリップ
当時は、行政や事業者の間で交通対策への意識が高まっていました。 その背景には、13年前の大阪万博で起きた“交通大混乱”があります。 万博には予想を超える来場者が押し寄せ、周辺道路が麻痺しました。 ディズニーランドでも同様の混乱が起きるのではないか。 そんな不安が多くありました。 その不安を取り除く計画が千葉県警とディズニーで作られました。 その考え方が40年後の今も生き続けています。
ディズニー開園当時の周辺は“交通不便地帯”だった
今の東京ディズニーランド周辺の交通を想像してください。 道路は、首都高の横に国道があり、東京方面からの多くはこの国道を走ります。 当時は首都高がありましたが、ディズニーを行き過ぎてUターンしないと来られませんでした。
鉄道は、現在は京葉線・舞浜駅があります。 しかし当時は無く、7kmも離れた地下鉄東西線の浦安駅が最寄り駅でした
そこからバスでディズニーランドに向かいました。
つまり、開業当時の舞浜は、道路も鉄道も整備途上の“交通不便地帯”だったのです。
千葉県警が定めた「3つの原則」
こうした“交通不便地帯”で大規模テーマパークを開業するため、 千葉県警は交通計画の根幹となる3つの原則を定めました。
- 幹線道路に与える影響を最小にとどめる
- 隣接する住宅地の生活道路への障害を防ぎ、地域と調和をはかる
- 入退園に関連する道路における交通の安全を確保する
「ディズニーランドのため」だけでなく、「地域に暮らす人々のため」という視点が最初から置かれていました。 なぜなら、最寄りの浦安駅は既存の住宅街の真ん中に位置しており、 大量の来場者がこの駅で乗り降りし、バスでディズニーへ向かっていたからです。 住民への負担は最小限にしなければ、地域の生活そのものに支障が出てしまいます。 だからこそ、千葉県警は「地域と調和する交通計画」を最優先にしたのです。
では、この3原則をもとに、どんな交通対策が作られたのでしょうか。 次の記事で詳しく見ていきます。

当時の駐車場のイメージ

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