「シミュレーションでは渋滞しないはずだったはずなのに」
2008年、横浜市港北区に開業したトレッサ横浜。都市型商業施設で、トヨタ車の展示や整備工場も併設された複合モールです。
この施設には、もう一つ特徴的な点があります。駐車場の設計と運用に、交通工学的な配慮が極めて高いレベルで導入されていることです。
しかし、開業当初の現場では予想外の事態が起きていました。「設計上は捌けるはずだった交通が、実際には捌けなかった」のです。

設計としては「完璧に近い」構造
トレッサ横浜は、一般的なショッピングモールと比較しても、駐車場周りの設計は極めて論理的でした。
- 周辺道路への負荷を減らすために、施設内に約4kmのスカイウェイ(高架道路)を整備
- 敷地を南北に分け、環状2号線をまたぐ陸橋で施設を接続
- すべての出入口を左折IN・左折OUTに限定し、交通の滞留を避ける構造
- 駐車スペースにはセンサーとランプを設置し、空き状況をリアルタイムで可視化
これらは、交通量シミュレーション上は非常に高い処理能力を発揮する設計です。実際、周辺道路の混雑度や通行可能台数を加味したうえでも「机上では問題ない」とされていた構造でした。
周辺道路の交通データから見る「理論上の余裕」
環状2号線の詳細を見てみると
- 昼間12時間交通量:21,204台(上下計)
- 混雑度:1.49
- 通行可能台数試算:1,500台/時(2車線)
東側の道路も420台/時間の処理能力があり、数字上は十分な交通容量が確保されているはずでした。
ところが、現場は大混乱だった
開業初年度の実態は、こうでした:
- 駐車場に入るまでに60分以上かかる
- 「トレッサ渋滞」という言葉が地元で定着
- 最大7kmの渋滞が発生
- クレームは月平均37件
- 1か月に27日間も渋滞が発生
これは、設計上では予測できなかった「人の動き」によるものでした。
施設の巨大さが問題を深刻化
トレッサ横浜の規模を改めて見てみると
- 年間来場者数:1,418万人(2019年度)
- 年間駐車台数:276万1千台(2019年度)
- 駐車場収容台数:2,700台
1日平均7,500台もの車が出入りする巨大施設で、利用者の3分の2が車でアクセスする状況だったのです。
なぜ、シミュレーションと人間の動きは乖離するのか?
交通工学や駐車場設計では、一定の法則があります。「この道幅なら〇台/時」「右折レーンなしなら補正をかけて…」など、ある種の「理論値」で構成されます。
しかし、現実の人間はこう動きません:
- 初見ではスカイウェイのルートが分からず、目的地に近い駐車スペースにたどり着けない
- 「テナントに近い場所に停めたい」という感情がルート選択を狂わせる
- 出口の位置や道路の向きが直感的に把握できず、一度止まってしまうと、全体が詰まる
- 入口が多すぎて、どこから入れば良いのか判断に迷う
つまり、人間の行動は「計算通りには流れない」という現実が浮かび上がったのです。
複雑な構造が混乱を助長
4kmのスカイウェイを通じて北館と南館が複雑に入り組む構造は、確かに交通工学的には優れた設計でした。しかし、利用者目線では「どの方向に進めば目的のテナントに近い駐車スペースに停められるか」の判断が遅れ、「目的の方向の出口にどの経路で行けばいいのか」で迷うという問題を生んでいました。
問題に対し、「動けるようにする」ための施策
ここから、トレッサ横浜は運営面での改善に取り組みました。それは、単なる構造変更ではなく、「人間の動きを支援するための施策」でした。
ハード面の工夫
- 駐車スペースにランプとセンサーを設置:空きスペースを早く見つけられる対策
- フロアごとの空き状況を入口で表示:各フロアの残り空き駐車スペース数をリアルタイム表示
- 臨時駐車場(450台)を週末に開放:土日祝の混雑緩和
- 出入口の拡幅工事によって入出庫効率14%改善
ソフト面の配慮
結果、クレーム数は劇的に減り、年間1件程度にまで改善されました。
「慣れ」という見えない改善要因
この劇的な改善には、もう一つ重要な要素がありました。利用者の学習効果です。
複雑な駐車場構造も、慣れてしまえば「すべて左折でIN・OUTできる」というメリットに変わります。リピート利用者が増えることで、駐車場内での迷いや滞留が減少し、全体の流れがスムーズになったと考えられます。
人間は「理論の通りには動かない」。だからこそ、運営が意味を持つ
このトレッサ横浜の事例は、商業施設に限らず多くの分野に共通する教訓を与えてくれます。
- 設計時には理論とシミュレーションが中心になる
- だが、現場では不確実性と感情が支配する
- そのギャップを埋めるのは、運営力・配慮・心理設計である
つまり、「理論上さばける」設計はスタート地点にすぎず、そこから"人が動ける環境"に進化させることこそが、本当の完成なのです。
他の施設が学べる教訓
- 情報提供の重要性:利用者が判断できる情報をリアルタイムで提供する
- 心理的配慮:イライラを和らげる工夫が実際のクレーム減少につながる
- 継続的改善:開業後の問題を一時的なものとせず、本格的な改善に取り組む姿勢
- 利用者の学習効果を考慮:複雑でも慣れれば効率的になる構造の価値
終わりに
トレッサ横浜の駐車場設計は、「正しい設計」が必ずしも「動く空間」ではないことを教えてくれます。そして、交通工学・都市計画の専門知と、実際の人の動きの間にある「ズレ」をどう埋めるかが、運営の価値なのです。
優れた設計も、優れた配慮があってこそ機能する。
この事例は、大型商業施設だけでなく、人が集まるあらゆる空間の設計と運営に示唆を与えてくれる貴重な教訓と言えるでしょう。
参考文献
SC JAPAN TODY Kanuary and Frebrary 2021
追加参考文献
商業施設渋滞なくせるのか 影響は広域、施設側どう対策? 乗りものニュース
"商業施設渋滞"なくせるのか 影響は広域、施設側どう対策?(乗りものニュース)
施設基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 施設名 | トレッサ横浜 |
| 都道府県 | 神奈川県 |
| 運営会社 | TOYOTA AUTOMALL |
| 敷地面積(m2) | 71,000 |
| 延床面積(m2) | 157,000 |
| 賃貸面積(m2) | 60,000 |
| 専門店数 | 220 |
| 開業日 | 2007/12/5 |
| 映画館 | 有 |
| 駐車台数 | 1,050 |
| 駐車料金 | 無料 |
| 最寄駅 | 大倉山駅 |
| 距離(m) | 2,700 |
| 最寄り高速 | 首都高速道路 |
| 最寄りIC | 戸越ランプ |
| ICからの距離 | 14,524 |
| 入口の数 | 5 |
| 駐車場の数 | 2 |
| GoogleMap | リンク |
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