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近鉄観光チケット「まわりゃんせ」で見る行動経済学(プロスペクト理論、損失回避バイアス、サンクコスト効果)

伊勢志摩への観光旅行。できれば移動や入場料の手間なく、なるべくお得に楽しみたい——そんな希望に応えてくれるのが、近鉄の企画乗車券「まわりゃんせ」です。

でもこのチケット、ただの"割引"にとどまらず、私たちの「行動」を変える力を秘めているのです。行動経済学の視点から、その仕組みを見てみましょう。


地図はこちら▶(外部リンク)


「まわりゃんせ」ってどんなきっぷ?

「まわりゃんせ」は、伊勢志摩地域を巡る観光客向けに、以下のような特典がセットになった4日間有効のチケットです。

交通関連

観光関連

価格(2025年現在)

  • 特急券あり:大人11,700円、小児6,400円

  • 特急券なし:大人9,300円、小児5,300円

損失回避バイアスが行動を変える

行動経済学の基礎理論「プロスペクト理論」では、人は得をすることよりも「損をしない」ことを重視する傾向があるとされています。これを損失回避バイアスと呼びます。

「まわりゃんせ」の利用者もまさにこのバイアスに沿った行動をとります。

  • 「せっかく4日間使えるなら、できるだけ多く使わなきゃ損!」

  • 「施設も交通も無料で入れるなら、全部回らなきゃもったいない!」

その結果、旅行日程を長く組み、地元の宿に泊まり、ご当地グルメを食べ、施設をたくさん巡る——つまり、当初より大きな経済行動が引き出されるのです。

サンクコスト効果との相乗効果

さらに興味深いのは、「まわりゃんせ」の有効期間設定です。4日間という期間は絶妙で、多くの利用者が「使い切らなければ損」という心理に駆られます。これは損失回避バイアスの一種で、既に支払った費用を無駄にしたくない心理が働きます。

結果として、当初1泊2日の予定だった旅行者も、「せっかくだから」ともう1日延泊したり、本来興味のなかった施設にも足を運んだりするのです。

地域ぐるみの仕組みで支えられている

「まわりゃんせ」は、近鉄が2002年に開発したチケットですが、その成功の鍵は地域全体との連携にありました。観光施設や交通事業者が協力し合い、伊勢志摩全体を「一つのテーマパーク」と見立てた運用が行われています。

22もの観光施設が無料入場に協力していることからも、単なる企業の割引サービスではなく、地域全体の観光戦略であることがわかります。

なぜこの仕組みが成功するのか?

1. 心理的ハードルの低減 多くの施設や交通手段が「無料」になることで、「とりあえず行ってみよう」という心理的ハードルが大幅に下がります。

2. 選択肢の拡大 通常なら「入場料が高いから諦めよう」と思う施設も、無料なら気軽に訪れることができます。

3. 時間価値の最大化 移動や入場の度に料金を気にする必要がないため、旅行者は純粋に体験を楽しむことに集中できます。

地域経済への波及効果

この仕組みの巧妙さは、観光客一人当たりの消費額増加にあります。交通費と入場料を先払いすることで、現地では食事や土産物により多くのお金を使う傾向が生まれます。

また、4日間という期間設定により、必然的に宿泊を伴う旅行となり、宿泊業界にも恩恵をもたらします。

結論:行動経済学的に優れた「地域設計」

「まわりゃんせ」は、旅行者の損失回避バイアスやサンクコスト効果を巧みに活用し、自然な形でより多くの観光体験と消費を促す設計の勝利です。

個人にとってはお得で満足度の高い旅行体験が得られ、地域にとっては観光客の滞在期間延長と消費額増加が見込める。そして参加企業も、集客力向上というメリットを享受する。

まさに三方よしの仕組みを、人間の心理を深く理解することで実現した、経済学的にも観光戦略としても実によくできた事例なのです。


参考文献・出典


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