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時代を超えた「夢スタジアム」〜昭和63年、近鉄あべの橋ターミナルビルの壮大な夢

発見!36年前の近鉄ニュースが物語る、あべのハルカスの原点

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古い資料を漁っていると、時として思わぬ宝物に出会うことがある。今回発見したのは、昭和63年(1988年)11月1日付の近鉄ニュース。そこには「近鉄あべの橋ターミナルビル 11月11日(金)オープン!!!」という、今では考えられないほど熱のこもった見出しが踊っていた。

さきに、現在のハルカスはこのターミナルの一部を建て替えている。つまりハルカスの前に建っていたターミナルビルである。

手前がこの記事の時に建設された、奥にあるハルカスは後に建て替えられた

「スケール西日本No.1」の野望

当時のキャッチコピーは「夢スタジアム」。なんとも昭和らしい力強さと未来への憧憬が込められた言葉だ。記事には「スケール西日本No.1」という文字も見える。後にあべのハルカスが「日本一の高さ」を誇ることになるのは、まさにこの時代からの壮大な夢の延長線上にあったのかもしれない。

時代を先取りしていた近鉄

特に興味深いのは、記事中の「百貨店は文化という無形の何かを交換しあうスペースになってきている」という記述だ。これは現在でいう「多様性によるイノベーション推進」の概念を、すでに1988年の時点で言い当てているのではないだろうか。

「オモロイ何かがあるに決まってる」という関西らしい表現も含めて、近鉄の先見性には驚かされる。

当時の革新的な施設たち

パスポート発行がデパートで!

最も驚いたのは、8階に「大阪府旅券事務所阿倍野分室」がオープンしたという記述だ。現在でこそ商業施設内での行政サービスは珍しくないが、海外旅行がまだ一般的でなかった1988年に、デパートでパスポートが取れるなんて、なんという先進性!

その他の注目施設

  • 2つのテレメイトセンター:JRでいうみどりの窓口のような存在だったのだろうか
  • 熊本行き直通バス「サンライズ号」:あべのから熊本へ、これも当時としては画期的
  • 700台収容の近鉄パーキングビル阿倍野橋駅松崎口にオープン(現在も稼働中)
  • クーポラの広場:塔状ドームを持つ広場が駅東側地上に建設

近鉄パーキングビル

歴史の重層性

記事によると、この再オープンは「大鐡百貨店(当時の近鉄百貨店アベノ店)」開業から50年後のことだった。つまり昭和13年(1938年)頃には既に前身となる施設があったということになる。

現在に残る「夢スタジアム」の痕跡

そして驚くべきことに、当時の建物の一部は現在も残っている。現在の「ウイング館3F」から東側出口に出た広場、多くの人が「よくわからない空間」と思っているあの場所こそが、昭和63年に誕生した「スペイン風イベント広場」なのだ。

現在のイベント広場、イベント時は盛り上がるのかな

現在のスペイン風イベント広場

現在のイベント広場にはベンチも設置されてます。意外と休憩の穴場かもしれない。

現在のスペイン風イベント広場のベンチ

夢は現実となった

今やあの場所には日本一の高さを誇るあべのハルカスがそびえ立っている。しかし、建物は変わっても、当時の「夢スタジアム」というコンセプトは確実に受け継がれている。

文化と商業、交通と生活、地域と世界をつなぐハブとしての機能。それは36年前の近鉄の人々が描いた夢そのものではないだろうか。

おわりに

古い記事を読み返すと、過去と現在がひとつの線でつながっていることがよくわかる。昭和63年の「夢スタジアム」は、令和の時代においても、形を変えながら私たちの日常の中で息づいている。

近鉄あべの橋の歴史は、まさに関西の発展とともに歩んできた物語なのだ。

今はハルカスが輝きすぎです(たんに逆光です)

追記

クーポラ(キューポラ)とは塔状ドームの事らしいです。 「待ち合わせの新名所になりそうです。」と記事にありました。 今は事実上大通りからsolahaへ行く通路になってます。待ち合わせの場所で使われてないと思いますが、形を変えて利用されているって感慨深いですね。 なぜここだけビルを建てないんだ!と思ってましたが、近鉄の歴史があるのですね!

これがクーポラの広場っぽい、、、


参考:近鉄ニュース 昭和63年11月1日


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