はじめに:コメ価格高騰の真の構造
2024年から続くコメ価格の高騰は、単なる天候不順やインフレの結果ではない。実はその背景には、日本の米政策における根本的な構造変化がある。それは「市場経済の中途半端な解放」が招いた、きわめて逆説的な現象だった。
戦後から2018年まで:JAという「見えざる手の代行者」
戦後から長い間、日本のコメ市場は真の意味で「自由」ではなかった。政府とJA(農業協同組合)という二重の調整機構が、需給・価格・品質のすべてをコントロールしていた。
特にJAは、アダム・スミスの言う「神の見えざる手」の代行者として機能していた。農家が作りすぎても、足りなくても、JAが流通を調整し、価格を乱さないよう市場を安定化させてきた。これは市場原理ではなく、むしろ「調整された市場」だった。
そこへ1971年から本格導入された減反政策が加わる。国が都道府県ごとの生産量を決定し、JAなどを通じて農家ごとに生産量を割り当てる。この仕組みにより、コメの供給量は厳格にコントロールされ、価格の安定が維持されてきた。
2018年:市場解放の始まりと調整機能の破綻
状況が一変したのは2018年だった。政府は約50年続いた減反政策(生産調整)を廃止し、「需要に応じた多様な米の生産・販売を行う米政策」へと転換した。表向きは「市場原理の導入」だった。
しかし、この変化がもたらしたのは完全な自由市場ではなく、「中途半端な市場化」だった:
- JA経由の集荷率が急激に低下(全農の集荷量は2024年産で前年比14%減の179万トン、全国生産量に占める割合は26%まで低下)
- 直販・民間取引が急増し、価格調整機能が失われた
- 同時期にインフレ(生産コスト増)と異常気象(供給減)のダブルパンチが発生
つまり、JAという「見えざる手の代行者」を退場させたものの、真の市場原理も確立されなかった。結果として生まれたのは、誰も責任を取れない不安定な市場だった。
2024年:政府による「見える手」の登場
コメ価格が急騰すると、政府は備蓄米の市場放出という明確な価格介入を行った。これは市場原理とは正反対の「神の見える手」、つまり中央統制的な手法だった。
しかし、この介入も根本的な解決にはならない:
- 放出量は100万トンの備蓄の一部でしかなく、市場全体への影響は限定的
- 政府は本来の「神」ではなく、完全な需給制御は不可能
- 一時的な価格操作に過ぎず、構造的な問題は残存
結論:「神なき市場」の誕生
この一連の変化を整理すると、以下のような構造が見えてくる:
| 時代 | 中心調整者 | 機能の性質 |
|---|---|---|
| 昭和〜平成(〜2017年) | JA + 政府 | 見えざる手の代行者(需給調整) |
| 2018年〜2023年 | 民間流通 | 不完全な自由市場化 |
| 2024年〜現在 | 政府(備蓄米放出) | 見える手の価格操作(限定的) |
この変遷が意味するのは:
- 神の見えざる手(JA)は引退したが
- 真の市場原理も導入されず
- 仕方なく政府が"神役"を演じ始めたが
- それも"偽神"であり、完全には機能していない
真の問題:市場の完全性の欠如
アダム・スミスの「神の見えざる手」理論は、完全競争市場を前提としている。しかし現在の日本のコメ市場は、その前提を満たしていない:
- 情報の非対称性(生産者と消費者の情報格差)
- 流通の寡占化(少数の大手業者による支配)
- 政府介入の中途半端さ(市場に委ねるか統制するかの曖昧さ)
価格が安定する理論は、市場の完全性が前提であり、いまのような"中途半端な自由市場"では成立しない。
おわりに:本当の「神」はどこにいるのか
政府がどんなに備蓄米を放出しようと、それは"神ごっこ"にすぎない。JAという見えざる手を外し、市場に委ねたはずが、その市場は完全ではなかった。だから政府が"見える手"として登場したが、それは"神ではない"ただの人間の腕でしかない。
そして今、日本のコメ市場には、本当の神がいない。
この構造的問題を解決するには、完全な市場化を進めるか、それとも再び統制を強化するか、明確な方向性を決める必要がある。中途半端な状態を続ける限り、価格の不安定は続くだろう。それが、現在のコメ価格高騰が示している真の教訓なのである。
参考資料・事実関係の確認
減反政策(生産調整)について
- 開始時期: 1971年から本格的に実施
- 廃止時期: 2018年産から行政による生産数量目標の配分を廃止
- 政策転換: 農林水産省は「産地・生産者が中心となって需要に応じた多様な米の生産・販売を行う米政策」への見直しを実施
JA全農の集荷状況
- 2024年産実績: 前年産より14%減の179万トン
- 全国シェア: 全国の生産量に占める割合は26%まで低下
- 傾向: 2018年の政策転換以降、JA経由の集荷率は継続的に減少
政策評価に関する補注
一部の農業政策専門家からは「減反政策は形を変えて継続している」との指摘もあるが、本記事では農林水産省の公式見解に基づき「生産数量目標の配分廃止」を「減反政策の廃止」として扱っている。
備蓄米について
- 政府は2024年からコメ価格高騰対策として備蓄米の市場放出を実施
- 総備蓄量は約100万トン規模
- 放出量は市場全体への影響を考慮した限定的なもの
本記事の分析は、これらの公開された統計データおよび政府発表資料に基づいている。
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