2025年6月、政府が異例の規模で備蓄米を市場に放出し、全国の倉庫業者に経済的打撃が出ているというニュースが大きく報じられた。
「月4億6千万円の保管料が消失」「廃業を検討する事業者もある」という見出しが新聞紙面を飾り、制度の見直しを求める声も上がっている。
報道は、あたかも"突然政府に裏切られた被害者"を描くようなトーンで貫かれている。しかし、この問題の本質は本当に「かわいそう」で済む話なのだろうか?実際にはもっと根深い、契約と制度運用の構造的なねじれが存在している。それを無視した報道には、疑問を抱かざるを得ない。
表層的すぎる報道:契約の実態を説明しない
報道では、備蓄米の放出によって倉庫業者の保管料収入が失われたと繰り返し伝えられている。しかし——なぜその収入が"突然"消える構造になっていたのか?
ここに一切踏み込んでいない。
- 契約はどのような形式だったのか?
- 政府に支払い義務はどこまであったのか?
- 民間業者はどういう前提で事業を請け負っていたのか?
これらの制度設計上の重要な構造には一切触れず、「損をした」「被害が出た」「配慮すべきだ」という情緒的な語り口だけが残っている。
備蓄米保管は"制度"か"契約"か──問題の根幹
備蓄米は、政府が直接委託する事業者を通じ倉庫会社が管理している。備蓄米の適正水準は100万トンとされ、原則毎年20万トンを買い入れ5年間保管するという構造になっている。
この保管契約は、固定の長期契約ではなく"更新制"であり、原則として1年ごとに見直される形式だ。つまり、民間業者は常に「来年度、政府が契約を更新しない可能性」を前提に、事業を進めていたはずである。
それにも関わらず、「突然保管料がなくなった」「経営が苦しい」という"驚き方"をするのは、言い換えればこうだ:
「トランクルームを月契約していたら、更新されなかったので補償してほしい」
これは、自由市場の原則から見れば明らかにおかしい。
本質的な"ねじれ"とは何か
この問題の本質は、実は報道の背後にある、制度の実態と契約形式のズレにある。
| 項目 | 契約形式 | 実態 |
|---|---|---|
| 保管契約 | 毎年更新 | 長年にわたる固定化された運用 |
| 政府の意図 | 年度単位で見直し | 実際はほぼ同じ業者が継続的に担う |
| 倉庫側の前提 | 短期契約 | だが長期投資・依存の経営判断 |
つまり、契約上は短期だけど、制度運用の実態は長期的依存構造だった。その「ねじれ」こそが、倉庫業者の"思い込み的リスク"や"制度依存的経営"を生み、突然の方針転換に脆弱な構造をつくってしまっていたのだ。
なぜ報道はこの構造に触れないのか?
なぜ報道はこの"ねじれ"構造に触れず、「かわいそう」で終わらせているのか?その理由は次の3つに集約できる:
1. 契約・制度設計に関する専門知識の不足
行政契約や農政制度の構造的背景に踏み込める記者が少ない。
2. 報道が"共感"を重視する構造になっている
被害者っぽい民間事業者を出した方が記事は「読まれやすい」。感情的共鳴を誘う報道の方が数字が取れる。
3. 制度側(行政)への切り込みが弱い
政策構造の検証には時間と労力が必要。記者クラブの情報ベースで書いて終わる報道が多い。
「かわいそう」ではなく、「なぜそうなったか」を問うべき
問題は、倉庫業者が苦境に立たされたこと自体ではない。問題は、「なぜそのようなリスクがある制度・契約構造が維持されていたのか」だ。
この視点を欠いた報道は、ただ「政府はもっと配慮すべき」といった抽象的批判を繰り返すだけで、制度の再設計にも、当事者のリスク認識の見直しにもつながらない。
結論:制度を信じた側にも"読み違え"の責任がある
最終的に言えば、こういうことになる。
📌 制度に安住した民間側のリスク判断ミス 📌 契約形式を見直さなかった行政の制度設計ミス 📌 両者のあいまいな共犯関係
それを「急に方針変わって民間が損した」だけで括るのは、あまりにも表面的で、未来の制度改善に資さない。
制度と契約のあいだに"ズレ"があるなら、報道の役割はそれを可視化することだ。
「かわいそう」で終わらせるな。構造を問え。 それこそが、本当のジャーナリズムの出発点である。
こうしてほしい報道の見本
今後の報道では、以下のような視点を持ってもらいたい:
- 「保管契約は毎年更新制」など契約形式を明示
- 「実態として長期的に依存していた」ことも併記
- 「契約責任と政策信頼の線引きはどうあるべきか?」という問題提起
- 倉庫業者だけでなく、制度設計側(農水省など)への説明責任も追及
こうした構成になって初めて、「一つの政策変更がもたらす本質的影響」を読者が理解できる。
本当に問うべき論点を見逃さずに、議論を続けていきたい。感情ではなく構造を、表層ではなく本質を。
アカデミックな裏付け
行政契約論からの視点
政府契約は「国を一方の当事者とする契約で、予算の執行方法として締結される私法契約」として位置づけられ、行政主体が他の行政主体や私人と対等な立場で締結する契約とされる。しかし、実際の運用では行政側の政策変更による一方的な契約条件変更リスクが民間側に転嫁される構造的問題が指摘されている。
制度設計論の観点
公共政策の制度設計において、契約形式と実態運用の乖離は「制度の信頼性」と「予見可能性」を損なう要因となる。特に政府が関与する長期的事業においては、契約更新の不確実性と事業継続への期待との間に生じるギャップが、民間事業者のリスク認識を歪める可能性が高い。
報道研究の視点
メディア研究において、複雑な政策問題を「被害者vs加害者」の図式で単純化する傾向は「フレーミング効果」として知られている。このような報道は読者の感情的共感を呼ぶ一方で、問題の構造的理解を阻害し、建設的な政策議論を困難にするという指摘がある。
これらの学術的知見は、今回の備蓄米問題における報道のあり方と、政府契約制度の構造的課題を理解する上で重要な示唆を提供している。
本記事は2025年6月1日に共同通信が報じた「備蓄米放出で倉庫収入消失」に関する報道を受けて執筆
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